
2.子供のころの思い出私は昭和23年に平生町で生まれ、育ったのは山を一つ東側に越えた柳井市の伊保庄でございます。いずれも熊毛郡でございまして、熊毛郡で生まれ育ったというのが正確です。40年間東京に行っている間、なかなか分かりにくいものですから、柳井の出身と言っておりました。 伊保庄で18まで育ちまして、大学で東京に行って卒業して建設省に入り、国土交通省、内閣府と仕事をしてきたわけです。伊保庄での一番の思い出は、家の手伝いをしたことです。家は農業ですので農業を手伝っておりました。中学、高校時代は家の主要な労働力でした。父親が村長、県会議員など世間の手伝いをしていましたので、家の農業をやらんものですから、お袋と二人でやっておりました。 |
小さい時から、手伝いはやっていました。小学校に上がる前、お婆ちゃんを手伝い、家では干瓢と呼んでいた、切干大根を市に持っていきました。競りが行われている間、浜で遊んでいるのですが、競りが終わったら競りをする一番偉い人から、「繁太郎くんはよく手伝うから、これお土産にあげる」と言われ紙袋をもらいました。私は心が躍って有り難いなと思い家に帰って開けてみましたら、持っていった切干大根だったのですね。これには深く傷つきましてね。楽しみにしていたのに。市で売れなかったのですね。私は大きくなっても子供にこういうことだけはしないようにしようと思って育ちました。 |
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