
9.ふるさとの思い出私は昭和23年に熊毛郡の平生町の佐賀黒羽根というところに生まれました。そこで5歳まで育ちまして、大星山を越えた反対側の、当時は熊毛郡に伊保庄村でございましたが、小学校を卒業しました。 伊保庄村での一番の思い出はなんといっても、自分のうちの農業を手伝ったことでございます。田んぼも畑もありましたが、葉たばこを作っておりました。今は作っておりませんが、経験のある方は覚えておられると思いますが、これは大変な作業でございます。肥しをやって、長い時間かけて育てて、夏の暑い盛りにこれを収穫するんですね。収穫も5反もあったら大変です。これを3日間、72時間、32度から72度まで炊いていって乾燥するんです。特に最後の頃は暑いのなんのって。天窓に上がって行って操作するとき、臭いの、暑いのって。大人の人が吸うだけのニコチンは、だいたい中学、高校で吸うんだけど、なんでこんなものを吸うんだと。「大人になってもこんなものは吸うまい」と決心いたしまして、タバコは吸っておりません。酒は飲みますけどね。 |
そういうことを毎年毎年経験させていただいたおかげで、仕事がつらいとか思ったことはまったくありません。役所に入っていちばん大変なのは、国会開会中です。答弁の準備で、土日もありません。毎日が残業、残業です。友達たちは「霞が関で働くのは大変だ」って言うんですけど、私は1回も大変だと思ったことはない。葉たばこを乾燥するのに比べたら、楽で楽で。「そのうえ給料までもろて、ええのか」と友達に言うもんですから、うらみいわれましたけどね。 そういう心構えで霞が関で仕事をしてきたので、難しい、困難な仕事があったら、だいたい私にまわってくるんですよ。私なら「文句を言わん」ですから。そのおかげで私は、ずいぶん、いろんな仕事をやらせていただいたと思っております。 |
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